いよいよ明後日に迫ってきた。
私は開票立会人になってしまった。
投票日は夜中まで市役所♪
鶏小屋をつくる算段をしないと。
一緒にやりませんか?
農家民泊で田舎体験
選挙の日々。
王国では午前中の畑作業だけなんとかやれている。
鶏が、1週間前に10羽、明日にはまた10羽、さらにあと
10羽もらってほしいという話がある。
とりあえず明日までの話だが、
もうこうなったら我が家に鶏小屋を作ろうか。
少しずつつぶして食べちゃおう。
連日の操法訓練、引き続く田んぼ準備、始まった草刈などで、ちょっと参っています。
なかなか自分のペースを取り戻せません。
愚痴めいたことを書いてもしょうがないのですが、疲れてはいるものの精神的にも肉体的にも、元気です。
週末からは怒涛のGW。
いよいよ厳しくなってきた操法訓練とあわせ、このGWを元気に楽しく乗り切りたいです。
あまり更新がないとご心配くださるもいらっしゃって。
前回の更新から約1週間。
ようやく落ち着いてきました。
雨続きの先週から晴れが多い今週。
野菜宅配のための収穫で、農園に生えている雑草の種類の多さに
突然感動してしまいました。
どうにも雑草に目がいかなかったのですが、
よく見てみるといろんな生え方をしていて、場所により
生える種類も違います。
農業とは大きな自然破壊であるという言葉がありますが、
自然とどのように付き合ってゆくかを考えるのはとても深いことです。
また、自然農には「草を敵としない」という言葉があります。
これを実践するにはよほどの工夫が要りそうです。
自宅でぼちぼちやりながら、研究を重ねています。
数年後には、私は雑草博士になっているかも?
2/26(木)
第一回里山帰農塾セミナーを行いました。
会場は、歌舞伎座の隣にある第77ビル内のふるさと暮らし情報センターhttp://www.furusatokaiki.net/intro/intro_02.htmlです。
少し早めについたので、軽めの夕食を取ろうと歌舞伎座の近くの「歌舞伎そば」というそば屋さんに入ってみました。
かき揚げそば420円也。かき揚げは厨房であげてくれ(!)、そばの量も普通の店より多い気がしました。
つゆも、そんなに濃くなくおいしくいただけました。
これから、セミナーの時はここで食べよう、とどうでもいいことですが(笑)、気楽に食べられるいいお店に出会えました。
帰農塾について人前で話すのは、棚田倶楽部でやらせてもらったことを含めると5回目になります。
シンプルなパワーポイント資料で王国の活動を伝えました。まだまだ出来はよくないですが。
その後は、林さんの「私の農的生活」です。神々しいばかりに深く澄んだ声は、参加者の胸に響いたようです。
参加者の方は多かれ少なかれ移住や農的生活を考えておられるので、具体例をほしがっておられました。
私の話も練っていこう。
2/27(金)
夜に、スマイルレボリューションスクール。これはT&T研究所が主催しているものです。
この日は、ライターの澤田佳子さんを招いて「トランジッションタウン」の勉強会。
トランジッションには移行という意味があるらしく、現在の暮らしから少しずつ脱石油型の生活をしていこうというような運動です。
それに関連してこの日も話題になったのは大山小学校の利用問題。
「移住者や一部の人が前に出たら地元はまとまらない。」といろんな人に言われながら、
それでも誰かが手を挙げずんばなるまいと気負ってみるも日々のあわただしさに流されている自分の取り組みを反省させられました。
ああ、重い腰に根っこが生えているのですが・・・
2/28(土)
この日は、2009年の棚田チャレンジ二回目、天地返しです。楽しみにしていましたが、
私は集落の水路掃除と、昼からは神社の祈年祭があり出席できず。翌朝見てみると、見事な溝が掘られていました。
棚田チャレンジ、恐るべし。
記念祭の直会では、毎度の如く瓶ビールが並べられ、ふらふらになるまで飲んだのでした。ビール腹になってしまう。
3/1(日)
午前中は、小雨の降る中、棚田のクロ切りを行いました。合羽のない人は林家訪問。合羽のある人は棚田です。昨日の溝掘りに比べれば少し楽な作業だったようで、はやいはやい。あっという間にやり終えてさあ温泉!と行きたいところでしたがそうは何某がおろしません。一段目から二段目にかけての土手から大量の漏水。探しても穴がどこにあるか発見できず、結局塩ビパイプをつっこんでごまかすといった処理をしました。しかし、近いうちに治さないと今年は水がたまらない可能性があります…
3/2(月)
新しくトラクターを購入することが決定しました。3月中旬にはお目見え予定です。新車です(凄!)。
月例会議中に、積極的な活動として耕作放棄地の開墾を進めていけば?という話になりました。
おやおや。私がどうしてもやりたいと思っていたことが、こんな簡単に決まってしまってよいのか?
開墾部隊の募集法、その後の維持管理スタッフを募集するのか、それとも王国イベントなど現在の王国活動の中に組み込んでいくのか?
課題はありますが少しずつ進めてゆこうと思います。
昨日、我が家で味噌を仕込みました。
王国では今年4樽仕込みましたが、
我が家は米麹、大豆、塩合わせて約25キロ、水分を入れると約30キロ近くの仕込みです。
米麹をつくるのも、いつも王国でやっているやり方でやり、大豆を煮るのも、王国から鍋とかまどを借りてきて
ゆっくり煮ることができました。
さあいざ仕込みだ!ということで、取り出したのは小さな家庭用のミンサー。
ミンサーとは、ミンチを作る道具です。これでやれば、きれいに大豆と米麹がミンチになって出てきます。
王国の場合は、電動みそすり機で一気にするので、1樽分(約40キログラム)くらいが
30分少々で終わってしまいます。 だから、小型のミンサーでやっても2時間弱で終わるだろうと
見込んでいましたが、甘すぎました。朝7時から火をつけて、10時からみそすりを始めたのですが、
途中1時間の昼食タイムをはさんで、午後5時半までかかったのです。
考えてみれば当たり前です(苦笑)。
王国のミンサーには、一回でお椀一杯くらいの材料を入れられて、
どんどん電動ですりますが、こちらは、一回にスプーン一杯しか入れられず、
それをするのに5回くらいハンドルを回さねばならないのですから。はぁ。
せっかく我が家でミンサーを買ったので、なんとか自分でやりたいと思っていましたが、
いかんせん家庭用で30キロは無謀でした。義母、妻と私で交代で行いましたが、もうふらふらです。
来年は電動にしようかなぁ。もしくは、大きな桶の中に材料を入れて、その中に長靴で入り踏みつぶす、
というワイルドな方法もあるので、それをやってみようか。
なにはともあれ、自給味噌仕込み、終わりました。王国に来て、いろいろ作業を進める中で、
いつの間にか麹づくりからみそづくりまでできるようになってしまいました。
日々の暮らしを淡々と進めることが、結果的に自分の生きる力をつけることにつながっているような気がします。
食堂の内装、ほとんど終了しました。
きれいにもなりましたが、機能が上がりましたよ。
忌憚なきご意見をお願いします(聴くのが怖いですが・・・)。
遅くなりましたが。参加したモニターツアー、なかなか興味深いものでした。一日目が歩き、二日目は自転車、三日目は歩きと車。鴨川に来て5年になりますが、知らないことがたくさんありました。峰岡牧跡は、今や杉林の中にあり、往時をしのぶことは困難です。しかし、この山に手を入れれば、再びここに馬を離して飼うことも可能でしょう。徳川幕府の直轄の牧が3か所ある内残っているのは峰岡牧のみなのです。
二日目の伊八、大山不動尊にあるものしか見たことがなかったのですが、11か所の寺社を自転車で周りました。正木氏の山城の跡や歌人の古泉千樫が教員をしていた竹平小学校跡など、教えられねば決してわからないことです。伊八は、彫り物大工として、江戸後期から昭和の初めまで活躍した5代をいいますが、その作品の躍動感が素晴らしかったです。地元の人にもっと知られてもいいものだと思いました。さらに、自転車で回ったことで、鴨川をゆっくり見ることができて鴨川の広さを実感しました。車での移動は、速すぎるのかもしれません。
三日目はずっと興味のあった仁右衛門島へ渡りました。手漕ぎの船で渡るのは風情がありました。島には皇族が訪れた記念碑や歌人の句碑などが立ち、日蓮が朝日を拝んだ岩、源頼朝が戦に敗れて隠れた穴などがあり、興味をかきたてられました。この仁右衛門島は個人の所有で、一戸だけがこの島に住んでいるのです。偶然ですがそこの当主とすれ違いました。従業員はお殿様に接するように接しており、島での当主の偉さを知りました。この島での観光を今後どうするかも検討課題になっていますが、個人所有であること、漁業体験をしようとしても漁業権がないため魚や貝などがとれないことなど、まだまだ問題は山積しています。
地元学というには大雑把過ぎましたが、「あるものさがし」としては関心をかきたてられるものばかりでした。歴史が好きで、ずっと学んできていますが、私の理解が中途半端なせいで鴨川に残るせっかくの遺跡を十分に楽しめないのが残念です。幸い、私の家には義祖父が残した地域に関する歴史書が豊富なので、それを資料にして今の世代にもわかるように伝えていきたいです。
を引き続き読んでいます。
ユヌス氏によれば、マイクロクレジットは、「貧しい人々が貧困から脱出するのを目的として、収入を得るためのビジネスを支えるために、担保なしで提供されるローン」と定義されます。
日本では、エコバンクと呼ばれるもの、たとえば未来バンクやAPバンクなどがそれに当たるのかもしれませんが、両者とも貧困からの脱出を目的としているわけではなく、NPOなど、資金基盤が不安定な団体に貸し出すということが主であると認識しています。
日本の場合、たとえば10万円を借りたとしても何か店舗を出して販売するということがすぐにはできないような気がします。その点でバングラデシュとは違う方策を取らねばなりません。
しかし、マイクロクレジットも5人組を作って、借入者の連帯保証を付けるようですから、日本でも同じようなシステムを作ればよいのかもしれません。一人に100万円貸せないのなら、10万円借りる人を10人集めて、組合のような形で事業を立ち上げるとか。う〜ん、これも難しいか。
本書を全体の3分の2まで読み進めましたが、どのように日本、自然王国に活かしていくかの答えはまだ見つかっていません。。。
1月8日放送のクローズアップ現代で農村地域における「集落支援員制度」の特集をやっていた。増刊現代農業の甲斐さんから前から話は聞いていたのだが、島根県ではすでに2年以上前からこのような制度を導入していたこと、この制度のモデルとなったのは新潟県上越市のかみえちご山里ファン倶楽部http://homepage3.nifty.com/kamiechigo/の活動だったことは初めて知った。
かみえちご山里ファン倶楽部が活動する地域は70戸しかない部落だ。7年前に8人の若者が入植し、小学校などの生活体験を行っていくうちに地元の人に先生になってもらいながら徐々に盛り上がってきた、というような話だった。王国と比較すると、地元の人の手を借りて何かやる、というところまではいっておらず、最近は若い移住者中心にいろんなイベントをやるようになってきている段階。王国自体は活性化してきているが、王国のある部落が活性化した、というわけではないところが違うところか。農事組合法人かNPO法人か、という違いも少しはあるかもしれない。
次は、島根県のある町に集落支援員として赴任した大阪出身の女性の話。自転車で地域を回りながら地域の問題点を聞き、それの解決策を示すのが仕事だが、二年の任期のうちにできるか難しい。しかし、島根県では二カ月に一回集落支援員の研修を行って専門家などのアドバイスを聞けるようにしているとのこと。なかなかきめ細やかだ。さすが県の8割が過疎地域なだけあって、取り組みが積極である。
かみえちご山里ファン倶楽部では、農家民泊を集落で行い始めた。集落で民泊を行うことでたとえ誰かが体の調子を崩しても交替でお客さんを受け入れられるようになる。しかも、築150年の家の改修自体をイベントにしてしまい、たくさんの人を集めているそうだ。
島根県の事例では、鴨川市も真似をできることがたくさんありそうだ。南房総や、房総半島全体でももっと力を入れていかねばならないだろう。かみえちごの事例は、大山千枚田保存会でも家づくり体験塾として古民家の改修をしている点では同じだが、それを民泊としては利用していない。もっとも、千枚田保存会は大山青少年研修センターという40人は泊まれる研修施設の管理をしているので、民泊に踏み出す必然性は少ないのだが。で、むしろこのかみえちごの事例は、大山の各地区や、わが佐野集落などでも実現可能ではないかと思う。というのも、わが集落には集落を離れた人の家があるのだが、誰にも貸したくないといって、もう1年近く放置されているのだ。もし、佐野区でそれを農家民泊として使いたいと話をすれば、ひょっとしたら貸してくださるかもしれない。地元のやる気がどれくらいあるかにかかってくるのだが。
自然王国としても、私個人としても何かうみだせそうなのだが…(とつぶやく)
新年といえば、毎年大変なのが2009年度の企画。
里山帰農塾を大変革しています。林さんが2008年からT&T研究所の一員となってくれたので、彼の持つネットワークをイベントに組み入れる方向になりました。26回やってきた帰農塾も、そろそろ内容が固まっていたような気がしていましたが、新しい提案によりまだまだ組みなおせることがわかりました。まだ詳しい内容は決まっていませんが、ヨガや雑穀料理、そして自分は本当は何がしたいのかをさがすワークショップなど、従来の帰農塾にはなかった要素が加わっています。これまで帰農塾に参加していても楽しめる、学べる内容になりそうなので、どうぞ楽しみにしていてください。
昼からは、鴨川市ふるさと回帰支援センターの方と、来年度の帰農塾セミナーの内容を打ち合わせました。4月と10月に共催することになりました。自然王国単独でも2回ほどやりたいです。