「AI vs 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子著 東洋経済新報社)という本が、八重洲ブックセンターに平積みされていた。流し読みしかしていないので、中身について述べることはできないのだけど、衝撃的な事実は、教科書の文章を読めている子どもが3分の1しかいないという事だ。
実はこのことは、普段の塾講師の仕事で中高生と接しているときに感じていたことだった。例えば、国語の問題では、出題文を最初から読まずに、設問のために引いてある傍線前後だけを読んで、辻褄を合わせようとして合わない、ということが多発する。
授業の中では、この文章が筆者の主張で、これが具体例、ここに筆者の問題意識があるんだよ、こんな形で文章が構成されているんだよなどと説明するのだが、それが彼らの読解に活かされているようには感じられず、自分の無力さと虚しさを感じていた。
学校の勉強や受験勉強に役立つことがあるとすれば、活字情報を自分の言葉で組み立て直す力が身につくことが挙げられる。現状では、英語にしても何にしても、教科書や参考書の説明を読んで理解する作業をする子が本当に少ない。教えられないと、黙って待っている子どもたちが多い。
自分で本を読めるようになれば、わからないところを調べる気力が湧いてくるのではないか。今までは、私の伝え方の技術をもっと向上させれば問題は解決するのではと意気込んでいるところがあったのだが、そもそも受け入れる素地がないとただ熱のある、羅列された音が聞こえているだけになってしまうだろう。
読解力とは、筆者のメッセージと、その構成を読み取る力と考えている。その力がつけば、自分で文章を書くときにも応用できるはずだ。
「シカゴ スタイルに学ぶ論理的に考え、書く技術」(吉岡友治著 草思社)は、自分の考えをまとめるために、大変有益な本だった。この本を再度読み直して、中3の受験前最後に、なんとか道筋をつけるようにしていきたい。
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