千枚田収穫祭、猿-ついに出現!

10月5日

石田さんからお話をいただき、大山千枚田保存会の収穫祭に出展してきました。
この収穫祭には、大山千枚田でお米づくりをする様々なオーナーさんたちが参加しています。
300人近くはいたでしょうか。
天気も暑すぎず、みなさん楽しそうでした。
千枚田にかかわる農家のお母さんがたも総出でおにぎりを作ったり、おかずを作ったりと、
食べるものは豊富にあり、とてもおいしかったです。

王国は、ミツヲさん、石井さん、新住込人の片岡さんと私の4人です。
朝一でさつまいもを掘り、ピーマンをとり、貯蔵庫からジャガイモ、タマネギを持ち出して出品です。
千枚田のオーナーさんたちは都市の人が多いので、大手有機農産物流通業者から野菜を買っている人もそれなりにいて、私たちの値付けに「安すぎるわ!」と声を上げて買ってくれました。
他にお店を出している方と競合する製品があまりなかったのもあって持っていったものはだいたい売れました。
人件費を考えるとやってられない売上げですが、収穫祭なので、まあよしとしましょう。

最後に、みんなでお米ありがとう音頭というのを踊りました。
田植え、稲刈りなどが踊りに盛り込まれています。

よさこいソーランを踊ってくれた高校生?たち。

最後は少し雨が降ってきましたが、みんなで踊っています。

片付けを終えて、王国に帰り少し話していると、石井さんが、
「あ、猿だ!」
ヘンプ小屋の斜め後方に柿の木があるのですが、
その柿の木に2頭の猿がよじ上っています。
石を投げるが届かないので、大声で叫んだりすると慌てたように去ってゆきました。
第2農場までの進出は去年確認していましたが、今年はいよいよ王国の中にまで入ってきたことになります。
まだ目撃だけで被害はありませんが、油断はできません。

さらに、今日10月6日には第一農場にてイノシシの侵入を確認しました。
作物に被害はありませんが、道や作物を育てていないところの草の根を掘り返したあとが5カ所あり、ちょうど草が伸びているので草の倒れた方向からイノシシの侵入口を確認できました。
第一農場でイノシシの侵入が確認されたのも、2年ぶりです。
う〜ん、これから増えるんだろうな。

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goal in start !

10月4日

王国を休んで、フェリーで横浜に行ってきました。
今日は友人の結婚式。
結婚式ラッシュも終わり、前回行ったときから2年ぶりの出席です。
フェリーに乗るのも、久しぶりです。
浜金谷まで送ってもらい、京急久里浜駅から横浜に向かいました。
久里浜には、ペリー来航記念碑があります。
バスからだったのでよく見えませんでしたが、黒船はここに到着していたんですね!
浦賀に到着したと、うろ覚えでしたが・・・

横浜は、土曜日ということもあり、人がいっぱい。
というか、どこでも鴨川よりも人は多いのですが。
そんな田舎ネタはさておいて。

この友人、私の学生時代からのお付き合いです。
新郎とは96年に知り合ったので、12年間の。
韓国から日本に渡ってきて、今は日本の会社で勤めています。
新婦は、妹の同級生なので98年くらいからの知り合いでしょうか。
披露宴が進むにつれて、二人との思い出を思い出し、
お約束のように、新婦が両親に送る手紙を聞いてはこちらまで涙してしまいました。
最後のお見送りのときも、新婦に話しかけようとして思わず泣いてしまい、
横にいたこれまた韓国人の友人Jさんに、「たけちゃん、泣きすぎ(笑)」といわれてしまう。

まぁ、いろいろあったからね。
でも、これからいよいよ二人でスタートできてよかった。
結婚してからがスタートやからね。

結婚生活は、大変やけど、おもろいよ。
おめでとう!

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もみすり、疾走する馬、青い空。

10月3日

もみすりをお願いしているSさんから連絡があり、お米を取りにいきました。
その数、24俵!反収6表ということになります。
反収10俵とる農科も普通の中、6俵という数字はあまりに少なく思えるかもしれません。
でも、私が王国に来たここ5年の中では最多収量です。
キロに直すと1440キロです!
王国会員のみなさま、大隈塾のみなさまにお配りしても自給用が確保できそうです。
10月のイベントは新米祭りといきますか!
ヘンプ小屋に積んでおきました。

それから、なかなか話題にできませんが、今王国には、馬がいるのです。
2007年帰農塾生の橋本さんが、馬とともに鴨川に移住しました。
将来は馬牧場をやりたいそうですが、とりあえず、王国で馬を飼育しています。
今日はヤギ牧場を馬が散歩中。

疾走というには大げさな、小走りです。

おとなしくて、かわいいです。
椿という、7歳の対州馬です。

トマトやナスが終わりかけていますが、ピーマンはまだ元気です。
地元のホテルに出荷されていきました。

きれいな秋晴れでした。

土日にかけて曇りのち雨と予報が出ていますが、
日曜には大山千枚田の収穫祭で出店するので何とか雨が持ってくれればな、と思っています。

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稲刈り、キジ遭遇。

2日は、野菜出荷の日です。
木曜日はヤマト便宅配なので、月曜に比べると出荷量が多いです。
サツマイモを掘りました。
写真に収めるのを忘れましたが、今年は結構収量がありそうです。
再来週のイベントが楽しみです。

第二農場からの帰り際、大根を撮影しました。


12月くらいにはこの大根が収穫できます。
冬大根は、これまたたまらなくおいしいのです。
なべと味噌汁の季節だ・・・

昼からは、急遽房田の稲刈りをすることになりました。
といっても、私たちは補助ですが。
この機械で刈ります。

○○○万の機械です。
3反を刈るのに、「倒れているから刈りにくいね」といいながらも
約3時間で終了しました。
王国イベントでやったら、30人で3時間くらいかなぁ。合計で90時間!
これで、古代米の稲刈りを除いては全て稲刈りが終了しました。
3日には、今回の収量が明らかになります。

帰り際、種まき大作戦の田んぼをふと見ると、

キジがいました!
私のカメラではうまく収めきれませんでしたが、3羽いました。
キジは動きがすばやく、ぽけーっとしてるとすぐ草むらに隠れてしまいます。
それでも、2分ほどは田んぼで遊んでいました。
キジを見ることはなかなかないのでちょっとうれしくなりました。

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昭和史20年の教訓

昭和史 1926-1945

昭和史 1926-1945

を読み終えて、まとめとして書いてあったところを抜粋しておきたい。
本書は、昭和元年から20年までの歴史を扱っている。
その20年の教訓として、
1 国民的熱狂を作ってはいけない。その熱狂に流されてはいけない。
2 最大の危機において日本人は抽象的な観念論を非常に好み、具体的な理性的な方法をまったく検討しようとしない。
3 日本型のタコツボ社会における小集団主義の弊害
4 国際社会の中の日本の位置づけを客観的に把握していなかった(具体的には、ポツダム宣言の受諾が遺志の表明でしかなく、終戦はきちんと降伏文書の調印をしなければ完璧なものにならないという国際常識を理解していなかった)
5 何かことが起こったときに、対症療法的なすぐに成果を求める短兵急な発想。
最後のまとめとして、政治的指導者も軍事的指導者も、日本をリードしてきた人々は、根拠なき自己過信に陥っていたとある。

本書を読んで、「昭和史の全てがわかった」とするのは不十分だろうが、ひとつの指針とはなると思う。
先に引用した5つの教訓は、もう少しまとめてみるのと、調べてみるのが必要だろう。
有能な指導者ならば上の5つくらい全部理解しておいてもいいようなものなのだろうが、そう簡単にいかないのが人間の行動なのかもしれない。

しかも、上に挙げた5つは、そのまま現代の私たちにも当てはまりそうな気がする。
ここら辺もきちんと考えていかねばならないだろう。

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関係の清算について

 人が集まれば、それぞれいろいろな考えがあるわけです。
だから、どこかで妥協して方針を決していくのでしょう。
妥協できなくなったときに、人は関係を清算します。
 そこで問題となるのは関係の清算の仕方かな、と思います。
 最もひどいのは対立関係に陥り、互いに誹謗中傷しあって、ついには相手を抹殺してしまうところまで行く清算の方法。
通常ここまで行かないのでしょうが。
 次には、対立関係に陥り、誹謗中傷をするだけの清算。
まぁこれが大概多いパターンでしょうか。
そういう人は、自分のやっていることの正しさを主張するために相手の主張を「そんなの誰も求めてはいないのだ!私のやっていることこそが正しいのだ!」と声高に主張しています。
そんな人を見ると、正直、かわいそうだな、と思います。
何も相手のやっていることを非難しなくても、自分のやるべきことをたんたんとやればいいのに、結局のところは別れた先のところの行動が気になっているのでしょう。
自分がそうならないように気をつけねば、いわばもって他山の石とすべしです。
 私の清算法は、これは日和見的な行動かもしれませんが、「我関せず」です。
「来るものは拒まず、去るものは追わず」
これで行くしかないと思っています。
どれだけともに盛り上がって活動しても、いつかは別れるときが来るものです。
ずっと一緒にいたくても、いられないときも来るでしょう。
そんなときは、今までの関係に感謝して、ともに生み出してきたものに感謝して、互いの歩む道を祝福したいと思うのです。
そりゃあ私だって、自分の信じて行っている道を別れた人から批判されれば、その批判が的を射ていればもちろん、まったく見当はずれであっても嫌な気持ちになります。
でも、嫌な気持ちになって、その相手方に嫌な気持ちを伝えたら、その相手もまた嫌になるでしょう。
別れてまで嫌な気持ちになるのは最悪だな、と思うのです。
だから、離れていった人々が、自分の現場でがんばってやっている姿を見ると、「私とはやり方が違うけど、充実した活動をしてください」と嫌味でなく思っています。
自然王国に来て5年目。多くの人がここを訪れ、通り過ぎていきました。
 離れてからも付き合いのある人。まったく音沙汰のなくなった人。違う現場で張り切ってやっている人。
いろんな人がいて、それぞれの生き方をやっていける社会が幸せな社会ではないでしょうか。
 もちろん、自然王国の中ですらいろいろな考えがあるわけです。
大規模生産に乗り出すのか。
多角的に経営を広げるのか。
現状維持にとどめるのか。
こんな小さな組織でも、人の集まりである以上考えの相違はあります。
 でも、ここで自然王国活動をやっていこうという点において一致していれば、何とか続けていけると思っています。
自分のやりたいことだけを通そうったってそんなことはできるわけがない。
経営者でもない私には、むろんのことできるわけがない。
 とすれば、王国の中でまずは自分の立ちき位置を明らかにし、やるべきことをたんたんとやるのみです。
それには妥協を繰り返すことが条件となるのかもしれませんが。
今は、そこで取り組むことで何か見出せるものがあるはずだ、と考えています。 

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日本を、知りたい。

のっけから何を言っているのだろう。
世の中で様々なことが起こっていて、それは互いに絡まり合って複雑になっている。
どれだけ本を読んでも分からないのかもしれないけど、
勉強を続ければ何か、一本の筋のようなものが見えるのかもしれない。
こんなことを33歳を過ぎてつぶやく男は、ある意味情けないのだろう。
仕事は仕事で、ビジョンを持って取り組んでいる。
でも、やればやるほど自分の無力さ、能力の足りなさに気づかされてしまう。
それは経験を積めば何とかなるのかもしれない。
自堕落な自分を見つめ直し、変革することでよくなるのかもしれない。
俯瞰してみると、私が生きているこの時代、不安なことが一杯だ。
この前ネットを見ていたら、子どもに入ってほしい会社が売上げ1兆円を超える
自動車会社だったという記事があった。
大企業に入ったからといって、幸せが約束されているわけではない。
心の病になったり、出世競争に敗れたり、どんな道を歩んでも平坦なわけではない。
ある意味、私は冷めているのかもしれないが。
日本の歴史を、再び勉強している。
世界史にも行きたいのだけど、今は時間が取れない。
日本通史と、近現代日本政治史、昭和史(昭和20年以前)、戦後史を中心に。
時代を理解したい、という思いが強いのだ。
自分の生きている時代の理解、もっと言えば私はなんで生きているのかを知りたい。
かといって、それに使える時間も限られているし、買い集めている本を読み、考えていくことしかできていない。
10月から月2回くらいのペースで、T&T研究所研究員としてレポートを発表しようと考えている。
そこには、論文のようなものを書いてみたいと思っている。
書けるんかいなという不安もあるが、そろそろそういう時期かもしれないな。
ゆくゆくは、権藤成卿橘孝三郎について調べてみたいと思っている。
といっても、参考文献は一冊もない。
農文協から日本農本主義橘孝三郎という本が出ているのだが、
17000円もするので買うことができない。
まぁともかく、雨の日に考えることはろくなことはないという代表のようなブログでした。すみません。

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雨の日に

二日続きで脱穀を終え、今日は朝からの雨でした。
早朝会議(7時朝食!)を9時過ぎに終わらせ、その後は野菜宅配。
野菜出荷を終えてからは、事務所にいったん入り、雑務をこなします。
昼食は、住込人のFちゃんと一緒にパスタづくりをしました。
ピーマンが豊富にあるので、ピーマンを刻み、タマネギを切って、
少しだけ残っているトマトとニンニクを炒め、パスタを絡めて醤油で味を整えます。
これがなかなか美味。
王国でパスタ?という疑問も出るでしょうが、パスタ好きなので、たまには食べるのです。
Fちゃんは、いろいろと旅をしたり、カフェで働いたりしているので、
あるもので何かしら料理を作ってくれます。
この4年間男の料理?で炒め物やらみそ汁やらを作ってきていたので、
ちょっと楽になってしまいました。
今日のパスタはおいしかったので自分でもやってみたいです。
午後からは、棚田倶楽部にいっておりました。
というのは、代表の石田さんと話をするためです。
普段はほとんど話をしにいくことはないのですが、
久しぶりの雨であり、脱穀も終わって一段落ということで
いろいろと相談したいこともありました。
今後の王国の展開、存在意義などの話から、自分で建てた小屋の話まで、
宅配を終えたミツヲさんも加わり3時間も話してしまいました。
特に明確な結論は出ませんでしたが、いろいろ話をしているうちに
おぼろげながら私の進む道も輪郭が見えてきたように思います。
仕事は作るものである。
仕事が楽しければ休みは欲しいと思わない。
といったことが心に残った言葉でした。
あ、でも早く帰らないと。
娘たちが大騒ぎだそうで!

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脱穀だ、天気には逆らえない!

昨日は一日脱穀。
王国田んぼ4反歩を、午前中5人で3、5時間、午後5人で4時間。
きれいな秋晴れでした。

脱穀機とこれまで書いてきましたが、機械の名前としてはハーベスターといいます。
脱穀機のほうがレトロですかね。

みなさんが刈って、束ねて干してくれた稲をどんどん脱穀機に入れていきます。
稲を運ぶ人、その後のわらを縛る人、はざかけを壊していく人。
それぞれの役割に別れて、たんたんと進めます。

いつもは事務仕事の石井さんも手伝ってくれました!

王国スタッフ総出です。

夕方6時前にやっと終了。近くの農家さんのところに運びます。
もみの段階で70袋弱あったので、今年は収量が期待できそうです。

そして今日。
明日からしばらく雨の予報で、急遽帰農塾で稲刈りした田んぼと、
種まき大作戦「棚田チャレンジ」の田んぼも脱穀することになりました。
棚田チャレンジのみなさま、脱穀したかったかもしれませんが申し訳ありませんでした。
天気には逆らえません。
6日間だけ干せましたが、きれいに乾燥しています。

こんな感じで稲束を入れていきます。

前から見たところ。

アップです。

脱穀したあとです。

果たして収量は?
もみで9袋ありましたから、うまくいけば4俵取れるかも。
もみすりをしないと、正確な収量は分かりません。
来週には発表できると思います。

その後は、縛ったわらを片付けました。
これは来年まで保管します。
その間に、わらマルチに使ったり、その前はしめ飾りを作ったりといろんなことに使います。
コンバインで稲を刈るのが当たり前の時代に、長いわらが保管できるのはなかなか貴重です。
昔ながらのものを残すのは、本当に手間がかかります。
わらのほこりで鼻は真っ黒になるし、気管の弱い私は少し息があがってしまいます。
それでも、この脱穀、わらの片付けが終われば長かった稲の作業もようやく一段落です。
あとはみなさんの元にお届けするだけです。

おつかれさまでした!

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100回書きました。

今年の6月20日から、あることを決めました。
とにかく毎日、400字以上ブログを書く。
ただの報告ではなく、なにか面白いと思ってもらえるようなものを書く。
以下が、一回目です。
http://d.hatena.ne.jp/shizenoukoku/20080620
なんか気負った文章です。

なぜこんなことを決めたかというと、2004年にこのブログを開始してから、
気が向いたら書く、ということを続けてきました。
忙しくなったり、自分が落ち込んだりすると平気で何ヶ月も書かずに空けていました。
でも、アクセス解析を見ると書いていなくても常に30名ほどの人が見てくださっている。
自分に置き換えてみると、いつも見に行っているページには、一応更新がなくても見ています。
もういい加減なことはしたくないな、と思いました。
とにかく書き続ける、というのではなかなか続かないので、100回は書こうと決めました。
携帯で書くときもあり、そのときは打ち込む速度が遅いので大変でしたが。

100回やってみて、自分が変われたか?と思うとなんとも難しいです。
でも、400字を書き続けることにだいぶ慣れたと思います。
おもしろいと思ってもらえる文章になっているかは疑問ですが。
どうしてもかけなくて、ただの報告のようになっている回もあり、まだまだです。

毎日更新して、王国の様子がわかってもらえるように、
直接イベントに参加しないまでも興味を持って見守ってもらえるように
ブログ、メールマガジンから発信していきたいです。

次は300回連続更新?
それを発表するのはやめておきます・・・(笑)

今日は脱穀の予定です。
王国田んぼ、帰農塾の田んぼを一気に脱穀してしまいます。
ハードです。

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