で、あなたの思案は?

最近、故あって格差社会に関する
本を読んでいる。

希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く

希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く

新平等社会―「希望格差」を超えて

新平等社会―「希望格差」を超えて

格差社会―何が問題なのか (岩波新書)

格差社会―何が問題なのか (岩波新書)

SIGHT (サイト) 2006年 10月号 [雑誌]

SIGHT (サイト) 2006年 10月号 [雑誌]

「格差社会」へのアプローチ、
解決法がそれぞれ示されている。
共感できるのは、格差が発生するのはやむを得ないが、
その格差を何とか是正する方策を採るべき、という点だ。
人々が希望を持って働ける政策を採るべきなのは
もっともな意見である。

上記の本は、性質上社会提言を目的としているので、
社会政策に言及しているのは当然だ。
でも、私が社会政策に言及するのは、ちと的はずれな
気がする。
彼らの出した提言を「こんなんやっても状況は
かわらへんって」と切り捨てるのは簡単なことだ。

ここで問題となるのが、
「じゃ、あなたの思案は?」という問いだ。
私に何ができるかといえば、
今やっている現場からの提言だと考える。
この格差社会の中でどう生きていくのか?
という問いは私にとって切実なものだからだ
。

とはいうものの、実はまだ提言といえるものがないのだ。
(ずっこけてしまいました。)
なんせ、未だ確固たるものがない。
今の生活がいつまで続くかもわからない。

でも、そんな中で一つだけあるものがある。
それは、「希望」だ。
この場で何かをやり遂げよう、
もっともっとがんばってみよう、
と思えるのは希望を感じているからだ。

「希望格差社会」の中で、私が今
希望を持てているのは、とても幸せなことだ。
この思いが単に主観的にすぎないのか、
それとも一定程度他の人に受け入れられるものなのか、
それを探求していきたい。

画像は、阪神電車の急行電車です。
これに乗って、何度も甲子園〜梅田間を
往復したことか。
当たり前だった生活が懐かしく思える日が
くるのですね。