ヒヤヒヤな刈り草燃やし

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ハウス用の整地を進めるつもりだったが、先日刈った草を週末前に片付けたいと思い、午前中かけて燃やした。

半年近く草刈りを怠っていた場所だったので、草のかさが結構あった。

まずは熊手で畑の真ん中に草を寄せる。

寄せた後は、そこから離れたところに火種を作る。

火種のところに、フォークでひとかたまりずつ草を投入していく。

この手間のかかるやり方を取ったのは、今日は風が強かったから。

風が強ければやめればよいのだが、明日は王国の日で、金曜日に持ち越すのも嫌だな、という思いがあったから。

火事を起こすのは絶対に嫌なので、ポリタンクに水を入れて、いつでも初期消火できるよう準備した。

それでも、結構な火が上がり、火が地面を這っていきそうになるのでフォークで触ってその都度消していった。

燃やしているうちに、灰がだんだんたまってきて、いい草木灰を作れた。

農作物を販売して生活しているわけではないのだけど、素敵な暮らしを自分でも実現したいな、などと考えながら作業したのであった。

 

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“答えのない世界を生きる”

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君津のホームセンターから連絡があったので、早速ハウス資材を取りに行ってきた。ちょうど3年前に建てたことが、facebookを見ていたらわかって複雑な気持ち。なんでもfacebookが教えてくれてしまう…

 がっしり縛ってもらって、無事帰還。

明日はまず整地かな。

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答えのない世界を生きる

答えのない世界を生きる

 

自分の感覚が揺さぶられるような衝撃を受けた。

日本を出てアルジェリアで働いた後、パリの大学で学び、現在はパリで大学の教師をしている著者の人生と考えをなぞりながら、自分自身が問われる本だった。

 

著者は、被支配者であったアルジェリアに共感しながら、支配者であったフランスに暮らし、さらに自分の日本人性という異質をどのように見つめるかについて述べている。

 

著者の師であったモスコヴィッシは、「深い変化をもたらし、長く持続する真の影響は少数派のみが起こす。世界を変革するのは少数者だ」という少数派影響理論を唱える。

 

著者は、「異なる価値観の衝突から新しい価値が生まれる」と考え、母国である日本社会と生活地であるフランス社会のどちらに与するのでもなく、「どちらの社会に対しても、異邦人として生きればよい」とする。

 

また、学ぶということは、「答えを知ることではなく、問いを見つけること」だという。

 

私は、小さい範囲ではあるが、鴨川のこの地に生まれ育ったわけでもなく、地元企業に勤めているわけでもない、日本社会に暮らしているけれでも、異邦人だともいえる。

よそ者、と言われるといまでも傷ついてしまうけど、別にそれは事実だし、評価に過ぎない。

 

何が正しいか、なんてどんどん移り変わってきているし、「いま、何をするべきか、何を考えるべきか」という問いをこそ問うべきであるのだ、と改めて思わされた一冊だった。

 

 

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たまには家で作業を。

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今日は家でいられる日だった。

しかも、快晴。

絶好の仕事日和だ。

ずっと気になっていた、家の田んぼにかかっている竹や木を切り始めた。

炭焼きや王国では、誰かと一緒に作業することが多いんだけど、家では基本的に一人。

それはそれで嫌いではないのだけど、誰かとやる時と比べると、一人でやったところだけしか進まない事実に改めて気づくのだ。

今日切ったところは、4年ほど前に切ったところ。

4年経つと、もう気になってくるくらい木の伸びは早い。しかし、今はあの時はなかった強力なチェーンソーが手元にある。

竹用の刃をつけたチェーンソーと、大きなチェーンソーを使い分けながら切り進む。

1時間ちょっとしか時間がなかったのだけど、最低限切りたいところは切ることができた。

あと少し土手から伸びているツバキを3本切り、梅を剪定して、名前のわからない木も切って、スッキリさせていこうと思う。木を切ることはもちろん危険なんだけど、手間がかかるのは実はその後の片付け。ここは妻に手伝ってもらいながら、燃やして行くしかあるまい。

王国や炭焼きで学んだ技術で、家の周りを整理していくのはおもしろい。学んだことを実践できる現場があれば、その学びはより深くなるだろう。

 

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ほんの小さなことだけれど

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今年は、例年より20日近く遅れて稲の種まきをすることになる。自分の段取りが悪くてこうなってしまったのだが。

3年前から稲の育苗を始めた。まだ、自分のやり方が確立していないので、これまで習った方法で作業している。

今日は土曜日だったので、子供たちも一緒に手伝ってくれた。

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妻と長女が交代で土を入れ、

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次女と義母が周り仕事をやってくれた。

私は、最後の土の量の調整。

 

土入れをした枚数は50枚に満たないが、

家族で仕事をすると、お米がどのように準備されるかが感じられて、いいのではないかと思う。

私のやっている農業は、収入から見れば本当に小さなもので、華々しく報告できるものではない。

でも、季節に合わせて仕事ができることは、幸せなことだと感じている。

種まきは、週初めの雨が上がったらやる予定。

お米作りは手間がかかるのだが、その1つ1つの作業を終えながら準備して行くのは何度やってもワクワクするのだ。

そんな面白さを伝えていければな。

 

最後に、木曜日に撮影した自然王国の桜を。

今年は、これで見納め。

来年元気に再会できるよう、いまを生きてゆこう。

 

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