みねおかいきいき館へ行ってきた

南房総市にある酪農のさとの白牛舎のわきに、みねおかいきいき館http://www.awa.or.jp/home/iki_iki/はある。

運営者の芳賀さんは、それまで20数年運営されてきたいきいき館が、メンバーの高齢化のために営業をやめようとしているときに、地域の仲間とお金を出し合って、昨年事業承継を行った。

これは、千葉県でも珍しい事例になるそうだ。日本の企業の中で多くを占める中小企業は、受注できる仕事があるのに、後継者がいないために廃業してしまっている事例が増えてきている。いろいろと補助金をつけたり、援助体制を整えているのだが、なかなかうまくいかないようだ。

実は、芳賀さんたちは、いきいき館を承継するために集まったわけではない。地元の大井区の区民たちで自主防災組織を作って活動を始めたのが最初だということだ。自主防災組織として活動していく中で、動ける組織となっていったということだ。

それが、昨年秋の大型台風で活かされた。大井区は、それぞれ役員が集落の青年館に集まり、すべての情報を一元化した。発電機を使いたい人、食事に困っている人にはいきいき館でお弁当を作って毎日無料で100食配布。行政の補助もほとんどなしで、区民だけですべてをやってしまったのだ。

すると、いきいき館の運営も、単なる事業承継ではないことになる。つまり、普段は農作業体験や飲食を提供しているのだけど、有事の際は区民のための拠点となる場所となるのだ。

これって、すごくないだろうか。防災に備えるというと、行政の発想では大概備蓄をしっかりしたり、建物を建てたりすることになるだろうが、問題はそこだけではないのだ。その備蓄したものをどのように必要な人に配布するのか、困っている人を把握するにはどうすればよいかということが問題なのだ。

しかし、いきいき館に集った人々と、大井区の人々は拠点を持っていて、それが日常的に動いている。つまり、組織が機能化されているということだ。芳賀さんにお話を聞かせてもらいながら、この地区の持つ可能性にワクワクしてきた。彼の話の中から、「こんな大井区になったらいいな」という思いが伝わってくる。

そんな人々の動きを、ほんの少しでもお手伝いできれば、と思う。

ソフトクリームがとてもおいしいのでおすすめ!

以前のブログを読む

自分のテーマとは

家の入り口に咲くアジサイ。

いきなり大上段に構えてしまったのは、訳がある。45歳にもなって、書くことでもあるまいと思うのだが、最近いろいろと来し方を振り返ることがあるのだ。鴨川に来て16年、子供たちも中学生になって、巣立ちも近づいてきた。私は私で、充実した日々を過ごしているものの、何もかも思い通りになっているわけでもない。

そんな時、久々にのぞいたのが、ほぼ日刊イトイ新聞に連載中の「おとなの小論文教室」である。山田ズーニーさんのこのエッセイを読み始めたのは、鴨川に来る前だったかと思う。その中に、

「やる側」にまわるとしたら、

「ゆるくても何か一つテーマがあるといい」

というのが、あくまで私の考えだ。

https://www.1101.com/essay/2020-06-10.html

という文章があった。これは、自分にとって、そうだな、と思える一文だった。私はいろいろと企画したり、何かをやることが好きで、中には中途半端に終わってしまっているものもある。巻き込んでしまった仲間たちには申し訳ないな、と思っているのだけど。

ただ、そんな自分にも何かテーマがあるのでは?とあらためて思わせてくれた一文だった。私は、鴨川自然王国に来て、やりたいことの軸が本当に定まったと思う。

それは、「農的生活をしながら、この地で実践していることを発信し、交流の場とする。」ということだと思う。いろんな仕事をしているけど、すべてはここに収斂されていくのだと思っている。

だから、あきらめないで、やり続けようと思うのだ。

以前のブログを読む

草食べて!

最近は、ヤギの「チーズ」を庭につないで出ていくことが増えた。コロナ禍で、子供たちは休校だったため、動物たちの餌やりは彼らの仕事にして、もし私がいなくても、いざというときには子供たちが何とかしてくれるという思いもあったからだ。

毎日帰りが遅かったりすると、ヤギもつなぎっぱなしになってしまうのだけど、最近は早く帰れるので、その点で心配も少ない。帰りに、ヤギがどれくらい草を食べているかを楽しみにして帰ってくると、ほら!

ところどころ草が残っているけど、それでもきれいになった!ヤギの草の食べ方は、意外とまだらなので、とても刈払機で刈ったようにはならないのだけど、それでもおなかはいっぱいになるようだし、まぁいいか。という日々を2年彼女と過ごしている。

以前のブログを読む

人とのつながりのあたたかさ

先週から、鶏たちが産卵し始めた。初卵と呼ばれる、小さな卵だ。13羽いるうちの何羽かが産み始めており、1日6個くらいとれる。

昨日から、学生時代の友人家族が遊びに来てくれていた。子どもたちが小さなころから来てくれていて、友人の子どもは中学生になった。中学生になっても、「たけひろおじさん」と呼んでくれる優しい子だ。

朝から、鶏たちの遊び場作りを行った。ワイヤーメッシュを張って、その周りにネットを張っていった。こどもたちも全員やる気で、手分けして作業した。

そして、いよいよ開放!鶏小屋から出てきた。最初はおぼつかなかったけど、一羽が飛び出るとわらわらと出てくる。

みんなで手分けしてやったので、感慨もひとしお。やはり狭い中でずっといるより、外で遊べるほうがいいのかもしれない。

普段は離れて暮らしているのだけど、会えば話は尽きない。子育てのこと、それぞれの生活、仕事のこと、将来のことなど。友が来て、楽しかった、と言ってくれる場所が作れていることが本当にありがたく思う。日々の暮らしを大切にしていこう。

以前のブログを読む

鴨川に来た意味って

午前中は、自然王国で大豆の収穫を行う。事務所前の畑は先日のイベントでとりきったので、今日は第一農場へ。藤本夫妻と3人で作業した。色々と話しながら作業を進めていたんだけど、農業の喜びってやはり単純な作業の中にいろんな要素があることにあるのだなと思う。

午後には、12月21日に東京で開催するセミナーの打ち合わせを行う。

今回は、一般的なセミナーとはことなり、現在鴨川で暮らしていたり、二地域居住をしている人たちがどんな思いを感じているか、実際に鴨川に暮らしてみてどうかなどをフリースタイルで話す予定だ。

担当のNさん(市役所職員)の発想がとても柔軟で、はじめにアイスブレイクをやり、トークの後は車座になって縄ないをやり、そのままイベント紹介、質疑応答になだれこむといった流れになりそう。

一緒に話すご夫婦も王国に来てくれて打ち合わせをした。3年間鴨川に通った結果、先月に移住されたばかりだ。「鴨川になぜすみたいのか、ここで何をやりたいのか」を考えて移住したそうだ。

振り返ってみれば私は、「人と人が交流する現場を作りたい」という思いだけでここにやってきた。それは今も根っこにある。これからは、そこからさらに派生する仕事をして行くことが必要だと考えている。

そんなわけで、このセミナー、鴨川を知っている人も知らない人も楽しめるものになりそうだ。21日金曜日と、絶賛忘年会シーズンとなってしまっているためか、いまのところ参加される方が多くない。

これる方はぜひ来てください。

申し込みはふるさと回帰支援センターまで。

以前のブログを読む

これが日々の暮しです

昨日のあたたかさとは打って変わって、今日は急激に冷えた。自然王国では、引き続き小屋のリフォームを続けている。写真は、色を塗り終わって、電灯を付け替えた食堂の様子。なんだか、全然違った場所に来たみたいだ。雰囲気がずいぶん変わった。電気工事はプロにやってもらったのだけど、あとはすべてスタッフで行った。山小屋の電灯も付け替えたし、ふろの脱衣所にも板を張った。

こちらは昨日の我が家の様子。4月にみた映画「人生フルーツ」に触発されてエビスグサの種をまいた。それが実ったのだ。葉はすっかり枯れて、さやがはじけそうになっていたので、学校から帰ってきたこどもたちにも声をかけて一緒に収穫。来年用の種を残して、お茶にしてみたい。

こんな感じで、自然王国でも我が家でも自分たちでできる範囲の暮らしを続けている。移住!と聞くとなんだか大げさだが、たまたまこの地を選んだ私にとっては、今のような暮らしをすることは当たり前のことのように思える。

そんな中で、月末には東京は交通会館でセミナーをやりたいと思っている。

これは、鴨川自然王国と鴨川市ふるさと回帰支援センターの共催で行うものだ。
一緒にやるのは本当に久しぶりで、7~8年ぶりくらいかもしれない。
東京の回帰支援センターの職員さんが南房総鴨川を視察に来た時に我が家に宿泊してくれて、その際にいろいろとお話したことが、今回のセミナーのきっかけになっている。

鴨川に住んでください!
というアピールではない。

鴨川で行われているいろんなイベントに参加して、こんな風に暮らしを営んでいるよ、ということをお知らせしたいのだ。
だから、移住希望がなくても、話を聞きに来てくれると嬉しい。
私も、王国スタッフでありながら農家民泊を営んでいる話などをさせてもらう予定。さらに、みんなで縄ないもやりますよ。

まだ席に空きがあるようなので、ぜひお越しください!
お申し込みは下記か、私まで!

http://furusato-kamogawa.net/infomation/%E8%BE%B2%E7%9A%84%E3%81%8F%E3%82%89%E3%81%97%e3%80%80%E7%A7%BB%E4%BD%8F%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%80%8C%E3%82%86%E3%82%8B%EF%BD%9E%E3%81%8F%E3%80%81%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%8B/

以前のブログを読む

日々のあれこれ

12月1日 土曜日

一日中山賊会の作業。この時期に、来年に向けての作業を進めることで、年明けの田作りがスムーズになるはず。ぬかるんで、なかなか乾かない田んぼにユンボで溝を掘り、パイプを入れて排水を容易にする作業だ。

午後の作業の終わり際、いよいよ田んぼ同士をつなぐ溝を掘る。

勢いよく水が流れ出すと、感慨深い。

続いて、ある程度水が流れたら、パイプを埋めて、今後その上を歩けるようにする作業。こちらも、ユンボでバリバリと。

私は何をしていたかというと、ユンボで上げた土が落ちないようにスコップで固めたり、ユンボでも入れない場所をスコップで掘ったりという仕事。作業着がドロドロになったけど、無事つながった。雨上がりの月曜日の朝田んぼを見に行くと、見事に水が流れていた。よかった!

12月2日 日曜日

この日の夜から雨が降るということで、どうしても我が家の田んぼの刈草を燃やしたかった。これを逃すと、また先送りになってしまうからだ。前日に次女にヘルプを頼むと、いいよ!と言ってくれたので二人で作業する。午前中は刈草を一か所に集め、午後からはバーナーで火をつけていく。慎重に火をつけながら、二人であれこれ話をするのは楽しい。予報より早く雨が降り始めたけど、予定していたところを終えられてよかった。

12月3日 月曜日


思うところがあって、いつもより早くえさやり作業を始めた。日の出がとてもきれい。


自然王国から帰ってきたら、もう夕暮れ。王国では、午前中は食堂の内壁に白ペンキを塗り、午後はウェブサイトの更新、メールマガジンの発行などを行った。いつもと何一つ変わらないような日常だったけど、振り返ればかけがえのない日々だったのかもしれない。どこにいて、何をしていても、この感覚を忘れないようにしていこう。

以前のブログを読む

そこに、志があった。

日曜日、香取市にある「恋する豚研究所」https://www.koisurubuta.comに炭焼き仲間と行って来た。

目的は、その隣にある栗源第一薪炭供給所(設計したアトリエ・ワンのウェイブサイトhttp://www.bow-wow.jp/profile/2018/1K/index.html)の収穫祭に参加するためだ。

駐車場から恋する豚研究所の建物を見る。一階がハム工房、2階がレストランとオフィスになっていた。

建物の天井は高く、解放感に満ちている。下はレストランの二階から見た風景だ。奥に見える三連の屋根の建物が栗源第一薪炭供給所になる。お店に来た人がゆったり過ごせる空間が用意されている。

お昼に、 恋する豚のロース肉塩コショー焼き定食(1,280円)をいただく。これに多古米の新米ご飯と味噌汁がついてくる。肉は柔らかくて、味のあるおいしい肉だった。野菜はポン酢で食べるようになっていて、えぐみもなくて美味しく食べられた。レストランからは一面ガラスで360度の風景が見られる。

研究所に併設されているスイートポテトのお店。奥にわずかに見えるサツマ芋畑で収穫されたサツマイモを原料にしている。

スイートポテト屋の2階は休憩所になっていて、本を読むこともできる。本棚も面白い形をしている。自分でも作りたくなった。そして、いよいよメインイベントの収穫祭へ。

1k、というのがこの施設の呼び名だ。

これは、ガシファイヤーという薪ボイラー。これに薪を入れて湯をわかすことができる。

これは薪割り機。薪炭供給所というだけあって、薪も販売している。

さて、一体ここはなんなのか?林業所なの?レストランなの?

実は、ここは就労支援型施設といって、障害のある方達を受け入れて、事業を行なっている事業所なのだ。
農業×林業×福祉、というのがコンセプトだ。
今まで書いてきたレストランも、薪割りも、サツマイモの栽培、スイートポテトの製造販売も、全ての作業を障害のある人とともに行なっている。

薪割りの際は、チェーンソーも使っている。危険じゃないの?という意見もあるらしいが、そこは工夫を凝らしている。作業分解といって、あらゆる作業の工程を細分化し、それぞれをマニュアル化することで、障害の程度に応じて作業分担しているのだ。

そして、行なっている林業は自伐型林業。3トンのユンボを購入し、道をつけて施設周りの山から木を伐り出し薪を作っている。1kも、この施設周りの山から切り出した木で作られているのだ。

この空間は、人を拒否していない。一般的な福祉施設は、ある意味で当たり前のことではあるが、関係者しか入れない雰囲気を出している。しかしここは、開放的でハイセンスな建物に、おいしい豚肉料理を出すレストランがあり、施設をきれいに清掃したり、接客をしたりするスタッフがいて、その中には障害のある人もいる、といった感じなのだ。お客さんも、ただ単に料理を食べに来たりハムを買いに来ることが目的といった感じだった。

これらの建物を設計した塚本先生が、「ここでは、支援者ー被支援者といった主体ー客体という関係ではなく、豚肉、スイートポテト、薪などの実物が両者の間に入ることで、人と人との関係が楽になっている」と講演で話されていた。

働くことで生み出される関係性があるということなのだ。これにはすごく自由を感じるし、希望も感じる。

この建物にも空間にも、思想というか、考えが反映されている。だからと言って押し付けがましさは全くなく、自然とこの空間に溶け込んで、心地よく感じている自分がいた。

こんな空間を作れるんだ、こんな工夫をしている人がいるんだ、と気づけたことは非常に刺激的だった。

そして何より、私の暮らし方、働き方も、考えをあらわすことに向いていると思い知った。ぐるぐると同じところを回っている私の考えだが、考えを形にあらわすことでもっと自由になるのではないかと思うのだ。

帰り間際に撮った1kの風景。これからここで生み出されるものが楽しみだし、私は鴨川で現場を作り続けていきたい。

 

以前のブログを読む

目は臆病、手は鬼

塾から帰ってきて、SNSをぼんやり見ていると、「目は臆病、手は鬼」と書いてあって、何かなと思って読んでいくと、なんでも東北地方でよく使われる言葉らしく、目で見るとあまりの作業量の多さにやる気がなくなりそうになるけど、とにかく手を動かし始めれば、仕事は片付いていくという言葉らしい。言葉というものは、事柄をうまく切り取るものだ。今日からこの言葉が使えそうだ。怖気づきそうなときは、この言葉を唱えて、動き始めよう。

以前のブログを読む

「たけひろさん、次どこ行こっか?」

今日は地元の子ども会の日帰り旅行で、ふなばしアンデルセン公園に行ってきた。子ども会は一年に一回、日帰り旅行をするのが恒例だ。娘たちも小学校高学年になったので、友だちと遊ぶ方が楽しくなっている。

では、私は今日どうしようかなと思っていると、今年ザリガニ取りを毎日一緒にやった隣のHくん(4歳)が、「たけひろさん、あのすべり台行こう!」と元気よく誘ってくれた。うん、と言って一緒にすべり台をすべる。「次どこ行こっか?」と言ってきて、アスレチックや100円で動くミニカー、それに手漕ぎのボートなどに一緒に乗った。彼には、私が隣のおじさんというか、年の離れた友達のように見えるのかもしれない。なんて、そんなことはないのだろうけど。

それはさておき、彼と一緒にいると、なんだか不思議な気持ちになってくる。自分の子どもではないけど、きちんと見守らないとなと思うし、それは最近自分にばかり意識が向いてしまっていた私にとって、誰かに集中していられるのは、幸せなことだった。

今日1日、彼とどれくらい笑いあっただろうか。お母さんから、「ありがとうございました」と言ってもらったけど、一緒にいれて楽しかったのは私の方だった。

入り口に鎮座していた岡本太郎の「平和を呼ぶ」というテーマの像。偉大な芸術家の作品は、物を言わないのに圧倒的なメッセージを発している。

「虹の池」という名前の池に、名前通り虹がかかっていた。

明日から、また日常が始まる。

以前のブログを読む