時間を区切ってみること

午後からは里山オフィスへ。2時間ほど塾での授業のための予習を行う。一週間に一度は使わないともったいないと思っているし、オフィスには何もないので、集中できるのだ。

目の前に解かないといけない問題集が置いてあっても、すぐに動き出せない時がある。そんな時、意識しているのが18分集中法。

実は5年前にこの本について書いているのだけど。https://wp.me/pacZNU-mx

取り組むのに時間がかかりそうだったり、乗り気になれないような時にはこのやり方を使っている。

18分集中法というのは、非常にシンプルな方法だ。タイマーを18分かけて、その間は仕事にとにかく集中し、タイマーがなったら1〜2分ほど休んだり、気分転換をする。それからまた18分タイマーをかけて再開するということを繰り返すだけだ。

資料の読込みや、答案構成などには非常に有益だ。今日は18分を5回行なった。家から離れてオフィスにいたので、余計集中できたと思う。

ちなみにこの方法、塾の生徒などに勧めてみるのだけど、なかなか実践できないみたいだ。18分間が中途半端だと思ったり、面倒くさいと思うのかもしれない。私はいろんなやり方を試してみるのが好きなのだけど。

時間を区切ると、メリハリがついていいですよ。

以前のブログを読む

暮らしをまもるもの〜花森安治の言葉から

朝は、山賊会の打ち合わせ。合同作業の日程を決め、それまでにやるべきことを確認した。稲刈りが終わってからの、久々の合同作業になるな。

帰宅後は、長女と妻と3人でサツマイモ掘り。今年は途中で草取りを断念してしまったため、生育状況は惨憺たるものだった。そもそも、ツルが雑草に埋もれてしまっていたのだもの。掘り上げながら、時たま出てくるさつまいもに、「農家」民泊を名乗っていては申し訳ないなと思う。

「もし食糧危機だったら、もっと一生懸命になるだろうね」と妻に言われ、そうだろうな、と思うのだ。

暮しの手帖の初代編集者だった花森安治の言葉を集めた本だ。

ぼくらの暮しを、まもってくれるものは、だれもいないのです。

ぼくらの暮しは、けっきょく、ぼくらがまもるより外ないのです。

考えたら、あたりまえのことでした。

そのあたりまえのことに、気がつくのが、ぼくら、すこしおそかったのかもしれませんが、それでも、気がついてよかったのです。

という文章にであった。もちろん、現代国家である以上、社会保障などは国が整備するものではあるが、根本のところは現在でも何も変わっていないと思う。自分の覚悟として、「自分の暮しをじぶんでまもる」としておくと、心構えが変わるだろう。そして、それが「美しく」あることを目標としたい。今はまだ、草が無造作に生えていたり、終わってしまった野菜たちが放置されていて「美しさ」には程遠いけど、理想を持って暮しをすることだ。

夜は、友人が作ったできたてのイノシシのベーコンをいただいた。家族みんなで、美味しくいただいた。小さなことかもしれないけど、これも、「暮しをまもる」ひとつだと思う。

 

以前のブログを読む

自由を切望し、行動した女性の物語

午前中、少し時間があったのでチーズを放してやった。餌をやった後だったのだが、食べる食べる。しかも面白いことに、ある種類の草を食べてしばらくすると移動して別の草を食べ、さらに別の草を食べにいっているのが見られた。当たり前だが、草にも味があるに違いない。飽きないように、いろいろ選んでいるのだろうか。「人間の関心を引くために動物は生きているわけではない」と、馬牧場を経営している人に言われたことを、ふと思い出す。私にできるのは、チーズにとってできるだけいい環境を用意してやることだと思う。

少6の娘が学校から借りてきていた「ある奴隷少女に起こった出来事」原題”incidents in the life of a slave girl”を借りて、読了した。私が読んだのは単行本だが、文庫で出ているようだ。

本書は1861年にペンネームで発行され、事実かどうかわからないままに長い間埋もれていた作品だったが、今から30年ほど前に、実際に奴隷だった女性が執筆した自伝的小説であることが判明し、アメリカで改めてベストセラーになったそうだ。

6歳になるまで自分が奴隷であることを知らずに育った少女が、”所有者”である白人から受けた数々の被害と、そこから逃亡して自由を掴み取るまでの物語だ。逃亡の際は、7年間も屋根裏部屋に隠れて、捜索を続ける”所有者”から逃げ延び、その間子供に会うことはほとんどできなかった。北部に逃げても、執拗に追っ手の手が伸びてくる。そして、恐るべきことは、立場、環境が違えば、人間は誰でも、これほどまでにおぞましく振舞うことができるということだ。

しかし、「生きる」ことに対して、これほどの障害があっても、人は生きていくことができるのだと感じた。どれほど理不尽なことがあっても、生きることを決めて、自由を切望し、壁に向かっていく姿勢、行動に大きな感銘を受けた。そして、この姿勢は今を生きる私たちにこそ必要な姿勢だと感じた。

以前のブログを読む

「民主主義」についての教科書

その名も、「民主主義」という本を購入した。戦後、1948年から53年まで使われた、中高生向けの教科書だ。何かで紹介されていて、それで気になって購入したのだ。

はしがきに、

民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。民主主義の根本は、もっと深いところにある。それは、みんなの心の中にある。全ての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である。(強調は筆者)

民主主義とは何か?ということに対してこんなに熱く語った文章があるだろうか。この一文を読むことができただけでも、この本を手に取った価値があった。本書はさらに、民主主義を直ちに生活の中に取り込んで行けというのだ。これが書かれた当時は、民主主義という言葉が光り輝いていたのだなと思った。

本書の構成は、教科書らしく、民主主義の本質、発達、諸制度から始まり、国民主権について、民主主義をどう学び、取り入れるか、となっている。読み始めると、驚くほど心に染み入ってくる文章で説明されている。文庫本という形式からもそう感じるのかもしれないが、今でも十分通用するどころか、今こそ必要とされている本だと思う。読み進めるのが楽しみだ。

以前のブログを読む

いつか、有楽町に。

8時半前のバスに乗って上京。交通会館にある、ふるさと回帰支援センターにご挨拶に行く。先日、千葉県担当の方が視察に来てくださったことをきっかけに、何か再び鴨川市と王国でセミナーでもやれれば、といった話になった。年内にやれればいいのだが。打ち合わせを進めていきたい。

その後、隣にある無印良品の店へ。行ってみたら?というお声かけをいただいたので、行ってみようと思ったのだった。一階は物産の販売になっていて、とてもきれいに展示されていた。美味しそうなピクルスがあったので、お土産に買って帰る。

今、みんなみの里で売っているにらファイトを、いつか無印で売れれば、と思う。その時はにらファイト、という名前ではなくなっているかもしれないのだけど。ふと、展示されている様子が目に浮かんだ。実現するかも?

せっかく東京に来たので、前から行ってみたかった第一教科書へ。JR大久保駅から見える。

ここは普通の書店では売っていない、学校教科書を販売しているお店なのだ。業界の人しか来ないみたいな、静かな店だが、教科書とそれに関連する問題集が飾り気なく並べられていたので、かえって興奮してしまった。

前から欲しかった、中学数学教科書を3学年分購入する。英語にしても数学にしても、今になってみると教科書ってなんて面白いんだと思うのだ。

久々の東京一人歩き。美味しそうな店はたくさんあるし、銀座には高級店がいっぱいだし、完全なお上りさんであった。

以前のブログを読む

お彼岸準備で草刈り。

午前中は彼岸が近いため、墓場周りの草刈りをする。我が家の墓場は家の前の道路を挟んで反対側にある。今は法律が変わって作れないそうだが、昔の農家は地所にお墓を作ったものだ。そんなわけで、歩いて行けるところに墓場がある。

田んぼのすぐ近くにあるので、その都度掃除をすればいいのだけど、なかなか手が回らない。そこで、この日の草刈り、掃除となったわけだ。

ついでに墓場の脇の栗畑と、営農組合の奥の空き地の草刈りも行う。栗畑には、この春から全然入れていなかったため、草が繁茂して、ハンマーナイフモアのハンマー部分に草が詰まってエンジンが止まりそうになったほどだった。草の刈り高を高くして、機械の負担を軽減しようとするも、それでも追いつかないほどであった。

あれこれやりたくても、時間的に難しくて後回しにしてしまっているのだけど、どうやったらきれいに敷地を維持できるのか、本気で考えないといけない。

史料を丹念に読み解いて、新しい史実を教えてくれるので大変面白い。史料をどうやって見つけるかについても書いてあり、自分の知らない世界について知ることができて興味深い。

特攻生還兵に着目して書かれた本書は、大変読み応えのあるものだった。太平洋戦争時は精神論が横行していたというのは周知の事実であるが、この精神論は未だ私たちの社会に、そして日常生活に横溢しているということを再確認させられた。

以前のブログを読む

大作に取り組む。

 

バテレンの世紀

バテレンの世紀

 

 先日から、ずっとこの本に取り組んでいる。

鉄砲伝来の前の、ポルトガルがどうやって大洋に乗り出してきたのかから説き起こし、島原天草一揆を経て、1643年のポルトガル完全追放までの流れまでの約100年を描いている。

小学生の頃に、集英社の「まんが日本の歴史」を幼稚園の先生から譲ってもらい、何度も読み返して、強く印象に残っているのがこの時代。

まだ断片的にしかつかめていないのだけど、以下の多くの人々が日本に来ていたかを感じられてとても面白い。

歴史の教科書にはザビエルがきた話しか出てこないのだけど、もっと知るとどんどん知りたくなってくる。

本書は、実はまだ家康時代のところまでしか読めておらず、後3分の1、なんとか読み進めたいものだ。

 

続いては、この本。 

クアトロ・ラガッツィ (上) 天正少年使節と世界帝国 (集英社文庫)

クアトロ・ラガッツィ (上) 天正少年使節と世界帝国 (集英社文庫)

 

  

クアトロ・ラガッツィ 下 天正少年使節と世界帝国 2 (集英社文庫)

クアトロ・ラガッツィ 下 天正少年使節と世界帝国 2 (集英社文庫)

 

これも同じくキリスト教伝来について書いてあるんだけど、渡辺の本に比べると扱う時代が少し狭いので、よりリアルに書いてあり、引き込まれてしまう。

 

最後に。

星野博美の本は大好きだ。この人は、自分の見たこと、調べたことを丹念に綴る。どう動いたかまで書いてあって、著者とともに一緒に調べているみたいな気がする。

本書は彼女がリュートだったっけ?古い楽器を手にするところから、天正遣欧使節もこれを弾いたんじゃないか?という疑問を持ってあれこれ調べていく話。

 

草刈りに疲れてしまったので、今日は自分の好きな本を紹介させてもらった。 

以前のブログを読む

“ひとの居場所をつくる”(西村佳哲著)

f:id:takehirosudo:20180507232245j:image

 

朝一の、嵐がきそうな風景。

 

著者の本が好きで、よく読んでいる。各界で活動している人々にインタビューして、それをまとめた本を多数出版している。本書は、書名に惹かれて購入した。早速、引用したい箇所がある。

 

「文化」は多義的な言葉だ。

(中略)

 僕自身は、人間らしく生きてゆくための創意や工夫として、その言葉を認識している。

 誰かに言われるままに働いたり生きていたり、自分で考えることの出来ない精神状態には陥らずに、心と頭と身体をちゃんと動かしながら、日々の暮らしや仕事を少しでも良くしようとしてゆくことが、“文化的“な営みだと思っている。

 

この言葉は、まさに私が日々考えていること。農村で暮らしながら、少しでも良くしようと日々考えて、実行している。何より、この言葉にある”文化的“という言葉が、自分にとって大きな励みとなるのだ。

どんな仕事をしていても、暮らしや仕事をよくしていこうとするためには、工夫が必要だ。誰から命じられるわけでもないから、どこまでもやっていける。

もちろん、経済的な余裕はあまりないので、そこはなんとかしたいところではあるが、それはそれとして、自分の暮らしをどうデザインするかが大切になってくると思う。

まだ、誰かに見てもらえるようなデザイン的な場所になっているとはいえない。

だけど、日々の暮らしに、少し意識を加えていきながら、素敵な暮らしをつくっていきたいと思うのだ。

もともと、自然王国に来ようと思ったきっかけは「みんなが集まれる場所をつくりたい」という思いがあったからだ。思い続けていれば、行動が続くし、きっかけにも出会えるものだと思う。

 

さて、今日の王国は、嵐の前の何とやらで、午前中は雨が降っていなかった。王国田んぼのトラクター作業はすべて代表の藤本がやっているのだけど、藤本が先日腰痛になってしまい、今日は急遽私が代打で代かきをすることに。

 

結果からいうと、無事に代かきを終えることができたのだけど、自然王国にある田んぼがいかに深く、機械操作が難しいものであるかを初めて知った。我が家の田んぼもそれなりに難しいのだけど、王国の方がずっと条件が厳しい。

やはり、実際にやってみると見えてくるものがちがって面白い。

環境を帰る、というのは大切なことだな。

 

以前のブログを読む

”運命の歌のジグソーパズル“

この前登紀子さんから「読んでみて」と渡された最新刊。

“運命の歌のジグソーパズル”という題名だ。

自伝的な内容で、その都度、その時代を作った歌について書かれている。

読んでいると、ドライブするような疾走感が感じられた。登紀子さんが近くにいて話しているような印象。私のボスでもあるのだが、なんか可愛いな、と思うほど。

自分のことをこんな風に語れるってすごいいいと思う。時代とともに生きてきた印象が強烈だ。

もしかしたら、私も時代とともに生きているのかもしれない。やっていることは全然違うけど、暮らしを紡いでいる点では同じかな。

f:id:takehirosudo:20180503220858j:image

待っていた雨がようやく降って、乾きかけていた田んぼにも再び水がたまった。そして、今年から地元の仲間と始めた山賊会の田植えもいよいよ最終ラウンド。残り一枚を、4条植えの乗用田植機で植え始めた。

f:id:takehirosudo:20180503220930j:image

田に水が入りすぎていたので、抜きながらの作業になった。調子よく進んでいて、昼前には終わるかな、なんて余裕で対応していたが、田の端っこの方で田植機がはまりそうになり、それ以上植えられなくなった。これが乗用田植機の怖いところ。正確に植えてくれるのは素晴らしいのだが、田んぼの状態によっては仕事ができなくなってしまう。

そこで、自宅に帰り2条植えのの歩行田植機を引っ張り出し、がしがし植えた。

2時間で終わる予定が、なんと3時間半もかかってしまった。

しかし、無事終えられた安堵感をいま感じている。あとはこちらの田んぼも水管理が日常作業になる。

 

夜には、三月に千葉大学の合宿で大山地区にきてくれたT君が家族旅行で我が家を利用してくれた。

6人家族できてくれて、仲良く過ごしていた。みなさん普段は忙しくされていて、夕ご飯を家族で食べることは本当に少なくなっていたらしく、今日の機会が久しぶりだったそうで、私たちがそのような場所を提供できたことがありがたいと思った。

家にいるみたいにリラックスして過ごせるような農家民泊にしていきたいな。

 

f:id:takehirosudo:20180503220945j:image

4/29の田植えイベントで植えた田んぼにも水が入った。この田は水が抜けやすいので、日々の観察が大切だ。

今日は1日長かったなぁ。

 

 

以前のブログを読む

工夫さえし続ければ

f:id:takehirosudo:20180403234652j:image

 

朝は曇っていたが、今日もいい天気。

雨がしばらく降っておらず、田の準備ができないため、ひたすら雨を待つ日々。

そんな中でも、今日は里芋の定植のために畑を耕して、秋に備える。管理機の振動が身体に堪えるな。

 

さて、今日は本の紹介をしたい。

 

 

実は、この本の書評を書かせてもらった。

 

季刊地域(33) 2018年 05 月号: 現代農業 増刊

 

こんなふうに載っている。

f:id:takehirosudo:20180403234743j:image

 

本書を読んで、強く勇気づけられた。

というのも、全国にこれだけ問題解決のために動いている人々がいるんだ、ということを改めて知ったからだ。

そして、それぞれの人々が強い思いを持って、持続可能な形で活動を続けようとしている。

 

“誰もが幸せに暮らせる地域を、地元出身者と移住者で作っていけば、たくさんの人がやってくると思うのです。”という言葉が本書の中で天明氏がかたっているが、これが全てを表していると思う。

 

理想論ではなく、人は幸せになるために生きているのだ、と思っている。

自分だけの幸せではなく、家族、地域、社会の幸せ。これを作って行くヒントを見つけるために、今回の里山オフィスを借りたといっても過言ではない。

困りごとは、自分たちの工夫から出発して解決して行こう。

 

 

以前のブログを読む